年収約90万円ダウン。転職失敗から「出戻り」に至ったキャリアの迷走と代償
はじめまして、ゼロです。
今は黒字家計を維持し、お金に困らない生活に向けて資産形成を進めていますが
過去の私は「焦りとその時の感情」だけで転職を繰り返し
自らキャリアと家計を破壊していました。
今回は、私が後に多重債務へ陥る最大の引き金となった
「転職の失敗と迷走」について
当時のリアルな年収減の数字(495万円→408万円)とともに全貌を公開します。
現状の職場に不満を抱え、勢いで転職しようとしている方々にとって
私の失敗談が最悪の事態を回避するストッパーになれば幸いです。
なぜ安定を捨てたのか?「住宅ローン通過」による謎の強気
看護師7年目。消化器外科で3年、その後精神科で4年勤務していた2017年当時の私は、精神科の慢性期病棟での業務にやりがいを見出せず
「このままでは看護師としてのスキルが落ちる」「精神科以外で通用しなくなる」という漠然とした焦りを抱えていました。
さらに同年4月に自宅を新築しており、「すでに住宅ローンの審査は通ったのだから、もう勤続年数を気にして職場に縛られる必要はない」という
今思えば非常に短絡的な考えが退職を後押ししました。 複数の転職サイトに登録し、約3ヶ月の活動を経て近隣の中規模総合病院から内定を獲得。
冬の賞与を受け取った後の2017年12月、私は最初の精神科病院を退職しました。
総合病院での挫折と、逃避目的の「CRC(治験コーディネーター)」
しかし、新しい総合病院での現実は厳しいものでした。
前職場よりも明らかに長い労働時間、新たな知識習得の負荷に加え、収入面でも明確なマイナスが発生しました。
理論上の年収は「現状維持か微増」の提示でしたが、夜勤手当の単価が低かったため、実際に振り込まれる月給は前職より約5万円も低かったのです。
事前のリサーチ不足と「こんなはずではなかった」という後悔から、病棟勤務そのものから逃げ出したいと考えるようになりました。
そして、「病棟以外で働けるならどこでもいい」という逃避の感情から、わずか4ヶ月で総合病院を短期離職し、未経験の「CRC(治験コーディネーター)」の世界へ飛び込みました。
限界突破と退職代行。妻に隠して切った「10万円のカード払い」
逃げるように飛び込んだCRCの職場では、さらなる厳しい現実が待っていました。
教育担当者との関係構築に失敗し、他の職員の前で激しく叱責されたり、業務上で無視されたりといった扱いを受けるようになりました。
それに加え、看護師時代より低い給与水準と、片道2時間という長時間の通勤が重なり、私の心身は完全に限界(うつ状態)に達しました。
自己肯定感は底をつき、自分で上司に退職を言い出す気力すら残っていませんでした。 妻にも心配をかけまいと本当の状況を言い出せず、最終的に私が取った行動は「退職代行サービス」の利用でした。
手元に現金はなかったため、10万円の利用費用を「クレジットカードのローン払い」で捻出し、わずか2週間で逃げるように退職しました。
精神科病院への「出戻り」と、年収約90万円ダウンという残酷な数字
無職となり途方に暮れていた時、幸運にも最初の精神科病院の同僚から「戻ってこないか」と声をかけてもらい、「出戻り」という形で元の職場に復帰することができました。拾ってもらったことには今でも深く感謝しています。
しかし、短期離職と出戻りがもたらした代償は、数字として残酷に表れました。
前年度(2017年)の年収は495万円でしたが
転職を繰り返した2018年の年収は「408万円」。
一気に約90万円もの収入が消し飛んだのです。
この大幅ダウンの最大の要因は「夏のボーナス(約40万円)の全額カット」でした。
6月に復職したため賞与の算定期間はゼロとなり、寸志すら出ません。
そこに総合病院での夜勤手当減や、CRCでの基本給低下が重なり、この数字が確定しました。
まとめ
- 感情や焦りに任せた「逃げの転職」は、事前のリサーチ(実際の月給や手当の構造)を甘くさせ、失敗の確率を跳ね上げる。
- 見通しの甘い短期離職は、賞与の算定期間リセット等により、想定を遥かに超える劇的な年収ダウンを引き起こす。
- 心身が限界を迎えると、退職代行費用(10万円)を借金してでも払うような、財務的に非合理な選択を余儀なくされる。
この「年収408万円への転落」と
水面下で始まっていた「クレジットカードのローン払い」
これらが複雑に絡み合い、その後の私を「多重債務・任意整理」という
さらなるどん底へ引きずり込むことになります。
次回は、資金がショートし、消費者金融とリボ払いに手を出した
「多重債務のリアル」についてお話しします。

