転職5回・失敗も成功も経験した看護師が、このブログを書いている理由
はじめまして。ゼロです。
看護師として14年、転職を5回経験してきました。
2週間で辞めたこともあれば、8年勤めて自分の意志で離れたこともある。
年収が下がった失敗も、今は過去最高収入を得ている現実も
どちらも私のキャリアです。
このブログは、そういう人間が書いています。
5回の転職、それぞれの理由
きれいな転職ストーリーではありません。順番に書きます。
A病院(最初の職場)→ 奨学金返済と同時に退職
奨学金返済が終わったタイミングで辞めました。
義務が消えた瞬間、続ける理由が見当たらなかった。
収入も人間関係も、自分が働き続けたいと
思える環境ではありませんでした。
B病院・1回目(精神科)→ バーンアウトの兆候を自覚して転職
母をがんで亡くしたことが、看護師を目指したきっかけです。
でも精神科で働くうちに、慢性的な疲弊が積み重なり、ケアの質を保てなくなってきた自分に気づきました。
「次はがん患者に関わりたい」という気持ちで転職を決めました。
C病院(総合病院)→ 現実とのギャップで転職
がん患者メインと聞いて入職しましたが、実際には認知症・誤嚥性肺炎・糖尿病の患者対応が中心でした。
「聞いていた話と違う」
「収入も内定通知書に記載されていたものより低い」
という理由で、また転職。情報収集の甘さを痛感した転職です。
D社(治験会社)→ 2週間で退職。
パワハラとモラハラが重なり、2週間で限界を迎えました。
人生で最もきつい理不尽を体験することになりました。
今思えば、軽いうつ状態になっていたんだと思います。
「辞めることは逃げではない」と今は言えますが
当時は相当追い詰められていました。
B病院・復職 → 8年勤めて退職
退職後、以前の職場から復職の声がかかり、精神科に戻りました。
結果的にここで8年間働きました。
感染対策の実務リーダーとして院内マニュアルの整備・BCP策定・行政や大学病院との連携まで担い
外部からも評価をいただける仕事ができました。
ただ、8年目に組織との価値観の衝突が起きました。
8年勤めた職場を離れた理由
直接のきっかけは、一緒に同じ病院で働いていた
妻の学会発表時の、挨拶対応をめぐる指摘でした。
妻が学会発表で、挨拶の配慮が不十分だったとして
複数の上司への謝罪を求められました。
妻の至らなさは一定認めましたし、謝罪もしました。
ただ、その後の展開が問題でした。
論点が「妻の礼儀」から
「夫婦セットの評価」「従順さ(リスペクトの形)」
と変わっていきました。
面談では相反するアドバイスが混在し、過去の感情的な基準が持ち込まれ、「配慮は振る舞いへの見返り」という構図が見えてきました。
複数の上司が「なぜそこまで問題になるのかわからない」と話していました。
周囲の共感はありましたが、組織として状況を是正する動きにはなりませんでした。
私が感じたのは、感情で運用が変わる評価体制への不信です。
専門性や成果ではなく、上司との関係性で評価が決まる環境では、長期的に消耗すると判断しました。
感染対策の実績は評価していただいていましたが
それが給与に連動する仕組みではありませんでした。
他院からの引き合いや外部での実力証明が続くなかで
「この組織で腹を括る」ではなく「外に出る」という選択が
合理的だと結論を出しました。
現在の職場へ
精神科以外でも働けるよう、看護師としての選択肢を広げることを優先しました。
給与にもこだわりました。
結果、収入は過去最高になりました。
転職の判断が常に正解だったとは言いません。
でも、自分で考えて動いた結果が今あります。
このブログで伝えたいこと
転職は、するかしないかの二択ではありません。
何のために働いているか
今の環境で何を失っているか
外にどんな選択肢があるか
それを整理することが先です。
私は転職エージェントでも採用担当者でもありません。
失敗も含めて5回転職した看護師です。
感情論ではなく、自分のキャリアを自分でコントロールするための考え方を、このブログで書いていきます。
「後悔しない転職」は、情報と判断軸があれば、誰にでも手が届く。
そう身を持って体験しました。
同じように、転職で悩む看護師が
今の職場に残ると言う選択肢も含めて
後悔しない転職ができるように役に立ちたい。
そう思って、このブログを書いています。
